


第7回
競技用スキーウエア
動作分析
直立と深くかがんだ状態の中間の姿、ニュートラルポジションは、日常生活で多く見つけることができます。くつろいで座っている時やクルマを運転する時などは動体原型に似たニュートラルポジションと言えます。日常のウエアは、直立の状態で美しく、くつろいでいる時には引きつれないのが理想です。
一方、100分の1秒を競うスキーの滑降競技では、空気抵抗を減らすために直立とは対極にある強度な前屈姿勢(クラウチングフォーム、Crouching Form、空気流方向に対する強度の前屈姿勢、卵型)をとります。滑降競技中にはターンやジャンプといった動作もありますが、1回のレース中でこの卵型の前屈姿勢をとる割合は、全体の80%以上にもなります。さらに競技のスタート時点では、立位に近い姿勢にもなるので、滑降競技では、前屈姿勢への適応をベースに、スタート、ターンやジャンプへと直立から前屈までひきつれないスムーズな動作移行が可能なウエアが求められるのです。
今回は、冊子「姿かたち研究 Ⅲ」の「競技用スキーウエアの形態を中心とするデザインについて」より、滑降競技スキーウエアのパターン設計の方法とその評価と応用を取り上げます。
1.競技用スキーウエアの為の動作分析
TV番組の滑降スキー映像資料に基づき、動作分析を行いました。対象者は国際級の選手で、分析方法は、1回のレースの画像のコマ送りを行い、次の6種の姿勢が占める時間を求めました。

図1 クラウチングフォームA
➀クラウチングフォームA (図1)
両膝90°屈折、股関節前屈、ストックを腕で抱え込み、空気抵抗を少なくするために、肘を膝に接するように上半身を伏せて、頭を持ち上げた状態
②クラウチングフォームB
Aのフォームを緩め、上肢及び下肢がバランスをとる方向で不揃いな状態
③クラウチングフォームC
Bのフォームがやや崩れ、四肢がアンバランスになった状態
④ターン(ハイスピードターン)
⑤プレジャンプ
⑥その他 : 上体が起きる・体勢が崩れるなど
6種類姿勢は、コース・個人によって異なりますが、傾向としては、①が49%、②が20%、③は12%となり、一回のレースにおけるクラウチングフォームの合計(①~③)は81%となりました。これは競技スキー中の動作が、前屈姿勢(クラウチングフォーム)を基本としていることを示しています。
動きやすいウエアでは、クラウチングフォームを含む各動作の動作移行がスムーズでなければなりません。したがって、競技スキーウエアの設計においては、動体原型を考慮した前屈姿勢への適応を最も重視すべきと言えます。
2.アンケート調査
競技スキーウエアについてアンケート調査を行い、選手が現在の使用ウエアにたいしてどのように感じているのかを調査しました。対象者はアルペン競技歴を持つ15~22歳までの男子30名・女子20名です。
選手への問診と合わせて、現行ウエアの不満点、改良部位についての意見を得ました(表1)。対象者の中には、ウエアにはあまり関心を持たず、板やストックによる改良が記録向上につながると考える人も少なくありませんでした。
これらから、空気抵抗を軽減するために体を締めつけるためだけのウエアに疑問を持つ結果となり、選手の能力を引き出すためには、”動きやすさ”が基本機能であり、その開発が記録の向上に貢献すると考えました。
3.ヌードパターンの設計
自然立位時の基体となる人体の体表から、直接「ゆとり0」の最も身体にフィットしたパターンを求めました。被験者は競技スキー歴を有する1名とし、身体的特徴を表2に示します。
方法は、被験者の利き腕(右側)の体表に計測点・衣服構造線を書き込み(図2)、体表面に沿わせやすく写し取りやすいトリコット編・伸度タテ37.5% ヨコ60.0% バイヤス45.0%・質量0.005g/cm²・厚さ0.192mm)を密着させ、その上を正確にトレースし、各区画を取り出して、ヌードパターンとしました。ただし、裾口はオーバースキーブーツになるので下腿最大囲径に揃えました。

1. 頸付け根囲
2.腕付け根囲
3.乳頭囲胸囲
4.胴囲
5.腹囲
6.肘囲
7.手首囲
8.大腿最大囲
9.膝囲
10.内果囲
11.前正中線
12.後正中線
13.袖外側線
14.袖内側線
15.前クリーズライン折線
16.後クリーズライン折り線
図2 衣服基準線及び構造線の一例
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図3 ヌードパターン
取り出したヌードパターンが図3です。それを製作したウエアを着用させると、自然立位では体にフィットしますが、クラウチングフォーム時には、背側ウエスト部分を起点にして、背肩部・腕まわり・殿溝・膝頭部の各方向にひきつれ圧迫が見られました。また、腹側の下腹部周辺にかなりの溜まり皺がみとめられました。
この前屈フォームに現れる人体の拮抗的形態変化、すなわち体幹部の背側 : 腹側、背側ウエストを中心とするBW~腋底部(A) : BW~股底部(CRP)、殿溝部 : 下腹部、肘頭 : 前肘、膝頭 : 膝窩それぞれの伸展部分に、パターンが対応しきれていない状態が観察されました。これらは、次の動体適応1パターンに配慮される項目です。
また、次へのパターン展開の前に、ウエアの締めつけの調整と運動機能表現を施す必要があります。これは被験者の申告を企業メーカーの専門研究者の意見で検証して以下の結果になりました。(締めつけの位置と締めつけ度の調整)
①しめつけを必要とする部位
クラウチングフォームを動体位とする場合、体全体としては、縦方向に伸展しています。そのため、縦方向への締めつけは避けなければなりません。それに対して横方向には、まず第一に衣服の支持部における適当な締め付けが必要となります。それは「ウエストライン(特に後部)」と考えられます。 また、空気抵抗の軽減を考える時、動体位における体の凹凸は少ない方が良く、特に女性の場合は、バストやヒップの盛り上がりを締めつける必要があります。つまり、皮下脂肪の多い部位には、締めつけが必要と考えます。 また、選手への問診から、上半身では前屈姿勢を保持するための前丈の引っ張り、下半身では、「ひざ周り」・「ウエスト部分」の締めつけが必要ということがわかりました。
②緩めたい部位
まず、生理機能に関与する部位。例えば、呼吸などを行う「頸まわり・胸郭・胸胴部」が挙げられます。これは、特に締めつけると「きつい」と感じ易い部位でもあります。 また、クラウチングフォームを動体位とするため、背部の縦方向の伸展が必要になります。したがって「背丈」「BNP~WL」「殿溝付近」においては緩めなければなりません。
③締めつけの経験値と実験値
締めつけ度合は、素材の伸縮性と風圧によるはためき防止という物理的問題と体型・体表の相関で算出しますが、今回はすべて経験値にしたがいました。締めつけ度合の適正化は今後の研究の課題とします。

図4.皮膚の伸展とずれを示した動体原型(中澤より)
アンケートの結果と「ゆとり0」のウエアで見られた、「腕まわり」や「大腿部」などの皺は、図4の皮膚の伸展とずれの方向上に見られま した。
この動体原型の図4にある矢印ラインが、皮膚の伸展とずれ方向になります。ヌードパターンで作成したウエアをクラウチングフォームに適応させるには、この皮膚の伸展方向への適合を配慮したパターン設計を行うことが必要となります。
4.動体適応1パターン
図3.のヌードパターンを基とし、図1のクラウチングフォームAまでの中間位の前屈フォーム、ニュートラルポジションを対象にして、動体対応1パターン(図5点線)を作成しました。中間位の動的形態を対象としたのは、ほぼ立位に近いスタート時点にも適応させ、圧迫による心理的負担を避けるためです。

ヌードパターンから動体適応1パターン(図5)への表現の要点は、クラウチングフォーム時に最もよく観察される人体各部位の拮抗的関係です。これは衣服に引き連れを発生させる根本的原因となります。その原因を挙げると次のようになります。調整量は、伸張によって負荷のかかる部分・余る部分共にウエアが自然に体表に密着するまでを目測しました。
図5.ヌードパターンと動体適応1パターンの比較
①体幹部では、背部が拡張し、腹部がかなり収縮します。したかって、衣服パターンでは、Back part の長さ・面積を増やし、Front part の長さ・面積を少なくします。 (図5 : 上半身・下半身の各Back part を参照)
<体幹部拮抗形態への適応量>
上半身中央部分BW~BW’(+35m/m)、下半身後ろ中心部分BW~BW’(+45m/m)、脇線上SW~SW’(35m/m 前傾)。
上半身前中心部分FW~FW’(-40m/m)、下半身前中心部分FW~FW’(-55m/m)、SNP~SNP’(-15m/m)。
②部分的には、
(ⅰ)背巾の拡張に対し胸幅が縮小し、上肢付根が前方に位置するようになります。衣服パターンは後腋間幅に当たる部分の面積を広げ、胸幅を狭くし、アームホールを前中心に近づけます(図5 : 上半身のBack part と Front part を参照)。
<胸背部拮抗形態への適応量>
背巾AB~AB’ (+30m/m)。胸幅AC~AC’(-30m/m)。
(ⅱ)腰・殿部の拡張に対し、下腹部全面が縮小し、下肢大腿付根が前方に位置するようになります。(ⅰ)と相同的。(図5 : 下半身パターン前後のくりの長さ参照)
(ⅲ)上肢・後腋部の拡張に対し、上肢前腋部が縮小。袖パターンでは、袖山後部の面積を増やし、前部の袖山を低くする。肘が屈曲して肘頭部分が拡張し、前部が縮小。この対応は、袖パターンの肘頭に当たる部分を局面化しながら面積を増やし、袖全体に曲勢をもたせるようにします。(図5 : 袖パターン参照)
<肩・後腋部拮抗形態への適応量>
後部袖下BA~BA’(+25m/m)、袖山SP~SP’(-20m/m)。指かけを付ける。
(ⅳ)下肢・膝蓋部の拡張に対し、膝蓋部分の収縮。裾パターンでは膝頭に当たる部分を曲面化して、面積を広げ、膝窩に当たる部分は逆につまみとるようにする。パンツ全体に”くの字” 曲勢を持たせるようにする。(パンツパターン参照 ただし、膝の部分は締めつけの量を配慮して面積の拡張はしていません。)
以上の要点に当たる部分が自然立位から強度の前屈姿勢クラウチングフォームAまでの変化量です。この変化量の約35%をニュートラルポジションのパターンとして表現し、拮抗関係から発生した引きつれを解消する方向上で調整したのが動体適応1パターンです。これを動体パターン原型とします。図5はヌードパターンと動体適応1パターンの変化を比較したものです。
動体適応1ウエアを着用し、強度な前屈姿勢、クラウチングフォームAをとった時に、新たに、後腋底部・殿溝股底部に不自然な部分的圧迫が観察されました。
5.動体適応2パターン
4.の動体適応1パターンは、言わば滑降競技ウエアのためのパターンの原型です。極限状態のクラウチングフォーム時に発生する不自然な部分的圧迫(特に後腋底部・殿溝股底部) を避けるためには、原型からのさらなる展開が必要で、圧迫を解消するために表現したのが動体適応2パターンです。
ここで、強度の前屈姿勢をとる滑降競技スキーウエア設計のために7項目の必要条件を挙げ、配慮しました。
①滑降時の空気抵抗を避けるための縫合線の省略と調整
対策として、気流に対する抵抗を避けるために、ウエアの縫合線を気流と平行方向に移動・省略しました。
②クラウチングフォームに伴う伸展方向を妨害する縫合線の省略及び移動
(ⅰ)上半身;
肩線・アームホールラインを省略し、Front part ラグラン線を設置。点線はパターンの運動機能表現の原理に基づくレイアウトを示す。
この場合、前腋部配列空間f及び後腋部配列空間bは、腕付根まわりの運動量としました。
(ⅱ)下半身;
内・外縫合線を省略し、抵抗の少ない後面にバックシームとして移動し集約した。このシーム一本で下半身体型への適合調整が可能である。股ぐりの型は、皮膚の剥離形状を参考にしました。
③縫合線の視覚的影響によるレーサーへの心理的効果
(滑降方向に感覚的に縫合線を同調させます)
④縫合線の利用によるレイノルズ数の予測位置
唯一、ウエストライン(特に後面)が気流に対し抵抗状態になる。この部分を盛り上げることで、層流を乱流に転換して過流抵抗の分散軽減を図ります。
⑤可縫製及び縫製効率・プリントレイアウト
⑥縫合部分の体表(皮膚)への不自然なあたり(原則として2の部分を避けます)
⑦素材伸展方向の合目的使用
また、パターン設計には、素材の伸縮機能を前提としていますが、運動に伴う素材の物理的リアクションを避けることは出来ません。したがって、偏移した人体部分に当たる素材のテンションを適正に保つ対策が必要です。上・下半身にそれのアジャスター機能を設けました。
①上半身後腋部アジャスターピース
後腋から袖下に当たる部分のカーブの強弱による袖運動の調整を可能にしました。
②下半身殿溝部アジャスターピース
本体に対し突起部分CRP~BWの角度と長さを変えることにより、股関節前屈運動への適応量の調整を可能にしました。

以上1~7を配慮し、前項の動体パターン原型を基に、再設計したものが、動体適応2パターン(図6)であり、これは、動体適応1パターンを、更にクラウチングフォームがとりやすく、滑降競技に適応するように表現したパターンと言えます。
図6.動体適応2パターン
6.主観申告と問診(表3・4)による評価
主観申告(表3)と問診から、ヌードウエアは自然立位にフィットさせた状態にもかかわらず、「ゆるい」と感じることから、ウエアが体にフィットしている締めつけ(「ゆとり0」)は適当な締めつけ量ではないと言えます。特に、ウエスト・大腿まわりは「ゆるい」との申告がありました。これは、競技者が締めつけを要求している部位でもありました。
表3・4は、ヌードウエア、動体適応1、動体適応2、さらに被験者が以前に着用して動きやすいと判断したサンプルの4着を比較して主観申告として数値で示したものです。
「全体の圧迫感」の結果(表3)から、動体適応2の 自然立位時(以下:立) : 0 / クラウチングフォーム時(以下:ク): 0 に対し、サンプルでは、立 : 0 / ク: 2 と申告された。また、各部位の申告を平均した結果では、自然立位では、サンプル・動体適応2は共に、0.02と申告されたが、クラウチングフォーム時においては、サンプル:0.27、動体適応2 : 0.07となった。結果、動体適応2がサンプルより圧迫感が感じにくいといえます。
動きやすさ(表4)について、ヌードが -1 と評価されました。ヌード以外の3ウエアは、クラウチングフォームを意識した設計になっていることが、動きやすさに影響を与えると考えらます。全体の動きやすさでは、動体適応2は2、サンプルは0と申告され、各部位の申告の平均では、動体適応2は0.95、サンプルは-0.95と申告されたことから、動体適応2はサンプルよりも動きやすいと申告されたことになります。
応用パターン
動体適応2パターンを、クラウチングフォームをなお一層とりやすくした上に、空気抵抗の軽減をさらに進めた応用例を提示します。応用パターン(図7)の特徴を次に挙げます。
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図7 応用パターン
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Front partの袖付けに相当する部分。アームホールを除き、上肢運動を最大限に導くために袖を仰角に構成しました。
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Center front の距離を短くし、前屈型にフィットさせやすくくり込みます。
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袖を肘線の位置で前屈方向の腕に適応させます。
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アームホールを除き、下袖丈を長くとって、引きつれをまったく解消します。カーブで前・後の長さを変化させることにより、上肢が前方に向きやすくします。
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アームホールを除き、クラウチングフォーム時の上肢前出しに伴う後腋窩部分の伸展を、引きつれ”0”の状態でカバーします。
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上半身と下半身部分の切り替えを、殿部仙骨部分方向に従って下げ、気流に逆らわないようにします。(9のカーブ部分にレイノルズ数効果対策を施しました。)
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インナーシームを外し、プレーンにします。
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ひざダーツ4本を深くとり、膝の屈曲への適応度を深めます。
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後ろウエストから殿後部、前膝にかけて、クラウチングフォーム時に最も伸展を必要とする部分の伸張度を調整しやすくします。
滑降競技スキーウエアの設計に当たっては、基本的機能とされる運動機能性と空気抵抗への対策が挙げられます。その留意点は、物理的問題と人体的問題の間に介在させるウアエが、つねに両者のバランサーでなければならないということです。まさにデザインそのものになりますが、ここが最も問題の多い厄介なところです。
従来の滑降競技スキーウエアは、空気抵抗の軽減に重きをおき、ウエアの強度な締め付けと引っぱりにより、着衣状態の表面を円滑化し抵抗を防いでいます。しかし反面、それが運動機能・生理現象を阻害することも知られています。
空気流に対する人体の形態抵抗を緩和する方法として、クラウチングフォームの有利性が報告され、その形態に対するウエアの適合性が重視されるようになっています。滑降競技スキーウエアは、選手にとって人体的負担が少なくなく、そのフォームが取りやすく維持しやすいものでなければなりません。これを優先させることにより、選手の持つ能力を最大限に引き出すことができ、結果的に空気抵抗対策との相乗効果が得られるものと考えられます。