


第3回
立体観と平面観
人体は複雑なかたちをした立体です。そこに西洋では立体構造を持つ衣服を、日本では平面で構成するきものを着せた長い歴史があります。洋服と和服の構造には、もちろん大きな違いがありますが、構造だけではなく、その表現を生み出してきた、日本と日本人には、感じ方や表現方法に根源的な特徴があります。日本と西洋の違いを認識し、それぞれの良さを理解すると機能ウエアも作りやすくなるはずです。
根源形象となった平面観

湿潤温暖なモンスーン地域の日本ではさまざまな種類の植物が育ち、日本人は稲作を中心とした農耕民族でした。湿気のおかげでカビや細菌も多く、醤油や味噌を作るためのこうじ菌は日本にだけ生息して、和食の立役者となっています。日本の風景に目をむけると、日本一の山は富士山で稜線がなだらかで、各地に富士山に似た山が信仰の対象となっています。水田が広がり、植物や雑菌などとも共存し、湿気というフィルターで、目にする風景は光と影のコントラストが弱い平面的な画像として映ります。(写真1)
一方、ヨーロッパ的なるものの揺籃、発祥の地イタリア、ギリシャは、冬に雨季が来ても、日本よりもずっと乾燥しています。そのため光と影が対象をくっきりと映し出し、すべてが立体的に浮かび上がります。イタリアの北にはヨーロッパアルプスが天をつくようにそびえ立ち、日本アルプスとは別の圧倒的な存在感を持って南北を分断します。(写真2)
日本ではどちらかというと平面に広がる感じが、ヨーロッパでは立体的に展開していく感じです。表1はそういった視点で、西洋と日本の個々の対象を比較したものです。 日本人はいつの間にか、平面的な感じのもの、抑揚の少ないものに囲まれ、慣れ親しみました。そして、それらの平面感が無意識のうちに蓄積されて平面観という、根源形象となったといえます。ですから、日本人がその内面の根源から何かを表現するなら、いつの間にか平面的な感じになりがちです。

日本人だけが持つ平面観

写真3は平等院鳳凰堂の、国宝阿弥陀如来座像です。前面の表現の豊かさに比べると側面は薄く平面的で、抽象的な表現となっています。

一方写真4はギリシャを代表する彫刻、ミロのヴィーナスです。写実的でどの方向から見ても立体的です。
また、写真5は日本の伝統芸術の中心をなす能楽の面です。一枚の板から作り、平面的で無表情な感じですが、光のあたる角度で、憂うつな表情、快活な感じ、泣いたり笑ったりを表現します。平面観を持つ日本人が作り出したすぐれた工芸品です。
写真6はヴェネチアのカーニバルの仮面です。ギリシャ、ローマの流れを汲むもので、一つの表情を捉えた表情は誇張されがちで、立体的で存在感があります。立体観を持つイタリア人が作り出した美しい面です。 平面観、立体観というのは、どちらかが優れているとか、劣っているかというのでは勿論ありません。しかし、世界中で、根源形象として平面観を持ち、様式化して表現できるのは、日本人だけなので、これは、和食と同じく世界に誇るすばらしい日本の文化といえます。

立体観を理解して機能ウエアを作る。
平面的な表現が得意な日本人ですが、洋服は立体で、機能ウエアは人体同様、立体的でなければ成り立ちません。運動量の多い腕や脚の関節、肩関節や股関節は体の側面にあり、体幹の前後屈や側屈は脇(側面)の介在がなければ成り立ちません。機能ウエアを作るには、立体を把握し、前後面以上に側面を十分に理解する必要があります。

図1は人体の首から足の付け根までの主要部位の水平断面です。前後面の巾に対して、側面の厚みが大きいことに気づきます。
図1

図2 は前後巾と側面の巾のバランスを図学的展開により導き出したものです。側面から見た腕付け根の巾(カマ巾)とその位置を適切に設定することは、静止状態での着心地に直結するばかりか、背巾、前巾の運動量を決めるベースとなります。
図2

図3
図3は上から見た首、肩、腕の人体構造です。サイドネックから手首までが緩やかなカーブの面でつながっています。

図4

図5
図4は前面、後面、上面、側面、の4方向から構成する機能ウエアで、図5はそのパターンです。
運動量やその方向をパターンに表現する事はもちろん大切です。しかし、それ以前にまず、人体を立体として認識し、あらゆる角度から衣服と人体とのゆとりをイメージする事が機能ウエアを作る為の近道となるはずです。
次回、第4回では、人体を4方向から包む面にどのような運動量を入れるのか、人体の動きを中心に解説していきます。